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桜沢琢海・料理の誕生

食文化に造詣の深い桜沢琢海が綴る美食事典

マリナーラ(Marinara)

船乗り風と呼ばれるピッツア。基本はオリーブ油とトマトのいたってシンプルなピッツア。味をひきしめるために、ニンニクとオレガノを加える。チーズは使わない。船乗りなのに魚介類がないのは不思議と思われるが、いわばこれは“まかない”。船に積み込める食材として、トマト煮、オリーブ油、ニンニクとオレガノくらいがせいぜい、という意味合いだ。
ちなみに、昔のピッツアは豚の背脂(またはオリーブ油)ににんにくでトッピング程度だった。ピッツア職人エスポジトは、国王夫妻に献上する3種類のうちのひとつに、このマリナーラも加えた。
トマトに旨味はあったが、チーズが入ってないので旨味相乗効果はいまひとつ? しかもニンニクがきいていたから、王妃はあまりたくさん召し上がらなかったかもしれない。

マストゥニコーラ(MASTUNICOLA)

トッピングはバジリコの葉、チーズと豚の背脂。古い時代のピッツアは、オリーブ油よりも豚の背脂が使われていたようです。豚の背脂はイタリア語で一般的にラルド(Lardo)と言いますが、ナポリではストルット(strutto)とも呼ばれていました。背脂の上質なものは、オリーブ油に匹敵するほどオレイン酸の含有率が高く、ヘルシーな脂なのです。
マストゥニコーラは、別名バジルピッツアと呼ばれるくらい、バジルの風味が全面に押し出されたものです。で、このピッツアも、ナポリを訪れた国王夫妻謁見のときにエスポジトが献上した3種類のひとつ。トマトが入ってないぶん、生地がサクサクぱりっと焼けていて、香ばしい! 
さて、トマト抜きのピッツアは「白ピザ」、ピッツア・ビアンカ(Pizza Bianca)と呼ばれています。トマトはヨーロッパ原産のものにあらず。南米からスペイン人が持ち帰って、食料として普及するまでに、時間がかかりました。トマトが無い時代はピッツアはみんなピッツア・ビアンカだったのです。

マルゲリータ(Margherita)

バジリコ、チーズ、トマトのシンプルなトッピング。1889年、統一されたイタリア国の国王夫妻がナポリを訪問した際、王妃マルゲリータに献上され、この名で呼ばれることになったという由来はつとに有名。献上したのはラファエレ・エスポジト(Raffaele Esposito)というナポリのピッツア職人。王宮に招かれて3種類のピッツアを国王夫妻に献上したという。(庶民の食べ物であるピッツアは、手でつまんで食べていたわけですが、国王夫妻はナイフとフォークで召し上がったということです)
3種類のピッツアの中で、マルゲリータ妃がとりわけ気に入ったのが、後にマルゲリータという名で呼ばれたこのピッツア。トッピングはイタリアの国旗と同じ緑、白、赤の色彩。これも王妃の心を打った。実は、このトッピングの組み合わせは目新しいものではなかったが、あたかも国王夫妻に謁見するために考えた創作と大げさに言ったというからなかなかの商売上手だ。さらにエスポジトは王妃の許可を得て、早速自分の店に「王妃御用達の店」と看板を上げ、『マルゲリータ』と名づけたピッツアを全面に売り出したやり手だった。でもその結果ナポリピッツアの名をイタリア全土、否、世界に広めたわけですから、功績は大きいですよね。
ともあれ、この単純な組み合わせが実においしい。美味しいには理由がある。それはトマトに旨味成分がたっぷり含まれているから。加熱して水分が飛ぶとその分濃縮されて、トマトの旨味が際だち、それがチーズのもつ旨味成分と相乗効果を織りなし、美味しさもひとしおとなるのだ。

ドリアはイタリア料理ではない?

ドリアはお米のグラタン。マカロニグラタンのライスバージョン。最近、生粋イタリア人が絶賛するミラノ風ドリアが話題になって、ますますイタリア料理のイメージが強いけど、ドリアって、フランス料理用語なんです。
確かにドリアはイタリア語。正しくは人名です。Doriaと綴り、イタリア・ジェノバの名門貴族のファミリネーム。ヨーロッパでは美食家としても知られた存在で、19世紀のパリで料理人達が料理を考案する際、美食の名門の家名にあやかって「ドリア風」と名づけたのが始まりだという。
赤や緑を使ってイタリアっぽい色彩になる料理とか、パルミジャーノ・レッジャーノチーズや白トリュフといった、イタリア産の食材を使った料理がドリア風。それは、決してライスグラタンではなかったのでした。

さて、では、私たちが大好きなライスグラタン版ドリアがいつ生まれたかというと、それは戦前の昭和の日本。考案者は横浜「ホテル・ニューグランド」に指導者として招聘されたシェフ、サーリー・ワイルであった。あるとき、冷めてしまったピラフがもったいないので、ベシャメルソースとチーズをかけてグラタンにしてみたら、美味しいこと! チーズがイタリア産のものだったので、ワイルはこの料理を「イタリア風の」という意味でドリアと名づけ、メニューに残した。ドリアという料理が、とってもポピュラーなのは、多分この横浜生まれのライスグラタン版ドリアであろう。

ところで、イタリア人絶賛のミラノ風ドリア。ミラノ風って何?という質問を受けたことがある。それはライスが黄色いこと。ミラノは、経済都市で金貨が潤う街だったので、ミラノ名物「オーソブッコ」などの肉料理には、金貨をイメージさせる黄色いサフランライスが添えられた。人気のミラノ風ドリアは、残念ながら高価なサフランではなく、ターメリックライスのようだ。でも、安くて美味しくて家族で満足、イタリア人も絶賛だから、それはそれでいいのだと思う。

ちなみにドリアについては桜沢琢海著『料理の誕生』にもっと詳しく書いてます。

タベルナは食べるの大歓迎!

 店名にタベルナとつくイタリアンレストランがあります。レストランなのに「タベルナ」なんて、哲学的です。でも、このタベルナは Taverna と綴ります。イタリア語ですが、元はギリシャ語だそうですよ。
 英語ではTavern(タバーン)と言います。食堂とか居酒屋の意味ですね。
 食卓のテーブルも、もともと、同じ語源でしょうね。というのも、英語はTable フランス語もTable(ターブルと発音)ですが、イタリア語はターボラ(Tavola)ですからね。bとv、rとl って日本人だけがごっちゃにするのかと思ってたら、結構、人間、どこでも、ごっちゃになるものかも。
 タベルナは食事をする店の形態、ターボラは食事をする場所、そして食べる(タベル)は、食事をする行為そのもの。食べるとタベルナは相反する言葉でなくつながっている言葉・・・かと勝手に想像しています。
 「うりはめば こどもおもほゆ くりくめば ましておもはゆ・・・」山上憶良が万葉集で詠んでますが、昔の人は、食べるでなくて、食む(はむ)、食う(くう)、食す(しょくす)と言ったりしてました。
 食べるという言葉は、いつから使ってるのでしょう? 食事はいただくとも言いますが、賜るが変化したという説もあり。
 でも、私、タベルナが語源という、無理矢理な説にロマンを感じます。

なんちゃってタンドリーチキンカレー

タンドリーチキンはタンドリーという窯で焼かないと、タンドリーとはいえないけど、まあ、フライパンでできるタンドリー風チキンカレーですかね。鶏肉に予めたっぷりカレー粉をまぶし、ヨーグルトをたっぷりかけて、暫く漬け置きしておきます。冷蔵庫で最低2時間は置きたいですね。で、本当はヨーグルトをきれいに取り除いてチキンを香ばしくバターで焼くのだけど、私のなんちゃってはもっとスピーディ。20分ほど漬けただけのチキンを、ヨーグルトがついてようと気にせず厚手の鍋でさっと焼き、ヨーグルトも一緒に煮込みます。このとき、牛乳で少しのばしてこげつかないようにします。で、野菜もいろいろ刻み野菜があったら一緒に炒めて煮込むけど、もっと簡単なのは、レリッシュ(みじん切りのピクルス=瓶詰め)をどばっと入れて煮込む。これで甘酸っぱくなってえらくおいしい! あと市販の炒め玉ねぎのペーストもいれるとなおさらおいしいです!


 

レディ・カーゾン(Lady Curzon)

レディ・カーゾンというと薔薇の名前で有名ですが、料理名でもあるんです。20世紀のはじめ、インド総督の英国人ジョージ・ナサニエル・カーゾンの奥方が考案したカレースープです。なんでも、総督様の家でもてなす晩餐で、お客が酒がのめないときた! 奥様はアメリカの上流育ちで、ドレスなんかパリの高級クチュールからお取り寄せのセレブな生活。おそらく、総督のお館のカーブには、ボルドーの超高級シャトーものがたくさん蓄えられてたんでしょうね。
「まあ、せっかくのディナーでお酒も飲めないお客だなんて! やぼった!だっさー!」と内心は思ったかもしれませんが、上品な奥様はあくまでも、お客を立てて、ノンアルコールのおもてなしを貫きました。でも、料理長を呼んでこう言ったのです。「料理にシェリー酒をたっぷりおつかいなさい」。こうしてできたカレースープは洗練された味わい。しかも具は今じゃあ、食べるのが憚られるウミガメだったのです。現在も、レディ・カーゾンのスープはアッパーなクラスのカレーとして人気がありますが、ウミガメが使えないので、スッポンで代用したり、オリジナルレシピとは異なるはずです。日本では、超クラシックな料理とされて、若い料理人さんが作ることはまずないのですが、軽井沢のホテルのレシピにこのメニューがあって、びっくりしました。けど、たしかスッポンでしたね。スッポンがなかったら、代用品は・・・・・・苦みからいってエスカルゴでしょうか?